サヤがEDENにやってきて二日目の夜。 店を閉め、後片付けと明日の準備とを終えた彼らは今、ガランとしたEDENの店内にいた。中央の一番大きなテーブルにこれでもかと料理を並べ、いざ夕食。 「いただきま す」 テーブルについているのは、あわせて五人。EDENの若き経営者シャオ、フロア担当のレヴィ、同じくフロア担当のリコ、お菓子担当のサヤ、そして隣家にて医者をしているウォンの五人である。 時折ふらりと、しかし的確に夕食の時間にやってきてはちゃっかりしっかりご馳走になっていくウォンだったが、今日はまたタイミングが最高によろしかった。テーブルに並べられた品数、量、そしてそのメニューの豪華さには目を瞠るものがある今日は、そう、サヤの歓迎会だったのだ。 気の利かないシャオは、今日になってリコから「歓迎会やりたーい!」と言われるまで、そんなことなど考えもしなかったのだ。その代わり、シャオは存分に料理の腕を振るったし、リコとレヴィもできる限り手伝ったのだ。ウォンはというと、テーブルに料理が並べられたその時に現われたのだが。 歓迎会ではあるのだが、テンションはいつもの夕食と変わらない。 腹を減らしているレヴィとリコは、無言でバクバクと夕食を口に放り込んでいく。 そんな彼らを「いやしいからやめろ」と呆れたまなざしで見つめているシャオを尻目に、一瞬にしてこの場の雰囲気に溶け込んだウォンが、新しいEDENのメンバー・サヤに話しかけていた。 穏やかな表情を常に絶やさないウォンに、サヤはすぐに心を開いたようだった。 「へぇ、前はお菓子屋さんで働いてたんだ。お菓子屋さんっていうと・・・Margaret?」 「はい。そこです」 「どうしてEDENに来たの? あっちの方がお給料はいいでしょ」 「・・・余計なコトいうな」 ぽそりとシャオが毒づくが、それをウォンはさらっと無視して話を進めていく。 「それがまたどうしてなの?」 「あの、少し、トラブルで・・・」 曖昧に答えたサヤの表情をじっと見つめていたウォンは、しばしの後ズバリ言ってのけた。 「セクハラ?」 「・・・」 当たらずも遠からず。いや、むしろ当たっていると言ってもいいのかもしれない。 どうして分かるのだろうと驚きに目を瞠ったサヤの隣で、同じくシャオも驚く。 「鋭いな、アンタ」 「え? そうなの? サヤちゃん」 一体いつから話を聞いていたのか、先ほどまで料理を平らげることにしか情熱を注いでいなかったリコが、「ヒド イ!!」と眉をひそめ会話に加わってきた。 「仕方ないよ。だって、こんなに美人なんだからね」 さらっとキザな台詞を吐いたウォンにシャオが盛大に顔をしかめた。 「ウォン、ナンパかよ?」 「違うよ」 シャオの言葉に怒ることなく、ウォンはあくまでも穏やかに答える。 「サヤちゃん、気を付けてね 」 「ちょっと、リコちゃんまでそんなこと言うもんじゃないよ」 そう言ってウォンは苦笑を浮かべた。 そんな三人のやりとりに、サヤは笑うことで答える。ウォンからは、嫌な印象は全く受けなかったから。彼の纏っている雰囲気がとにかく穏やかであったからだろう。だからサヤも素直に笑うことができた。 「それに、たとえ僕がサヤちゃんを狙ってたとしても、片想い中のリコちゃんとは違って、サヤちゃんにはもうお相手がいるんでしょ」 「もう、ウォンさん!」 シャオの言葉に、リコはパッと顔を赤く染めた。 その見事な染まりように、シャオの表情が固まる。それを見逃すウォンではなかった。 シャオとの付き合いは長い。彼はあまり感情を面に出すタイプではなかったが、その付き合いの長さのおかげか、ウォンには一目瞭然。リコのことが好きで好きでたまらない彼の素直すぎる反応に、ウォンは心の中で、 (不憫で可愛い子だなァ) と小さく笑う。こうして四苦八苦するシャオを見て楽しむのがウォンの趣味だった。勿論、そんなことを表情に出すようなミスは犯さない。 「お相手だなんて、いないですよ」 しきりにほめられて少し照れたのだろう、わずかに頬を染めつつ、サヤが顔の前で手を振って見せた。 「そうなんだ。じゃあ、どう? シャオくんとレヴィ、どっちがいい?」 「おいおい、安売りすんなよ、人を!」 「もぐもぐもぐもぐ」 突然引き合いに出されたシャオがムッと眉を寄せたが、もう一人のレヴィは、休むことなく食事を口に運んでいる。 そんなレヴィを見ながらウォンは溜息混じりに言った。 「レヴィは顔は良いけど、ぼんやりくんだし」 「ん? 何か言ったか?」 「何でもないよ。レヴィはもぐもぐ食べてなさい」 「もぐもぐもぐ」 今は空腹を満たすことが先なのだろう。食事をすることにしか興味のないレヴィに、ウォンはこれ見よがしな溜息と共に肩をすくめて見せた。出来の悪い弟を憂う兄のようなその様子に、サヤは小さく笑う。 するとウォンはビシッとシャオを指差した。 「やっぱりサヤちゃんにはシャオくんを薦めるね、僕は」 ウォンはその自分の台詞に、一瞬の後、拍手を送ることになる。 なぜならその台詞を聞くなり、サヤが、 「え/////」 ぽっ、と頬を染めたのだ。 その反応は本当に小さなもので、ウォン以外誰も彼女のそんな態度に違和感を抱く者はいなかった。 (おや? これはもしかすると・・・) ウォンは己の胸の中で、期待の種が生まれ、ムクムクと成長していくのを感じたが、今はまだそれを表に出してはいけないと、心の中だけに押しとどめる。しかし、 (もしかして、もっと面白いコトにできちゃうかもしれないんじゃないのかな〜、これは) と、ついつい口元がニタリとゆがんでしまいそうになるのを堪えるのには、想像以上の努力が必要だった。 しかし、そんなウォンの葛藤など露知らず、シャオが冷たい視線をウォンに注ぎつつ口を開いた。奇しくもそれが、野望を全てぶちまけそうになっているウォンを窮地から救うことになったのだとシャオが知れば、自殺しかねないほど後悔したことだろう。 「勝手なこと言うな、ヤブ」 「・・ヤブじゃないよ 。若いけど、名医だって評判の僕をヤブって 」 「名医のメイは迷うのメイだろ」 「シャオ、上手い!!」 「リコちゃんまで。マトモだよ、僕は。レヴィの風邪だってすぐに治ったでしょ?」 「どうせ変な薬うったんだろ」 「え !!? そうなの!!?」 YESと答えれば、リコの手にぎゅっと握られたフォークに串刺しにされるに違いない。ウォンは「まさか」と首を横に振った。 「ハハハ。君のボスに、そんなことしないよ」 「わ、私の・・?」 ぽっ。 オトメ心は複雑かと思いきや単純なものでもあるんです。そんでもって何故か永遠の謎であるはずのオトメ心が、ウォンには思い通りになっちゃうようです。 つくづく謎のドクター・ウォン、27歳。 しかし、リコを喜ばせたウォンの一言は、シャオにとっては渋面を浮かばせるものでしかなかった。 「」 口を真一文字に引き結び、「やだ〜、あたしのって、そんなぁ」と体をくねくねさせて照れまくっているリコを、シャオが見つめている。 そして、 「・・・・」 そんなシャオを見つめているのは、切なげに瞳を細めているサヤ。 そんな三人を客観的に見ているウォンは、 (何だか、面白いコトになってるみたいだなぁ) くす、と小さく笑みを零した。 レヴィ←←リコ←←シャオ←←サヤ。 なかなかに素敵な恋愛模様が繰り広げられているらしい。 ウォンは再度笑いを洩らした。堪えることが出来ず、洩らしてしまっていた。しかし、悲しいかな、誰もその悪魔の笑みに気付くものはいなかった。 微妙な空気を引きずったまま、テーブルの上に並べられていた料理はキレイさっぱりその姿を消し、代わりに今はサヤが厨房から運んできたケーキがテーブルの上に君臨していた。しかしこのケーキもすぐさま皆の胃袋の中におさめられてしまうのだろうが。 デザートタイム☆ 「どうぞ」 主賓であるはずのサヤにケーキを運ばせてしまったことに若干の後悔を覚えつつ、シャオは詫びる代わりに、 「ありがとう」 心から礼を言う。そんなシャオの真摯な姿に、思わずサヤはドキンと胸を高鳴らせた。 (これは間違いない!) と、影でウォンにほくそ笑まれながら。 「美味し い」 「うん。美味い!」 早々にいただきますと手を合わせ、ケーキにかぶりついたリコとレヴィ。最初に幸せ一杯の叫びを迸らせたのはリコの方だった。続いてレヴィも太鼓判を押す。 そんな二人の反応に、ウォンは「どれどれ」と、上品にケーキを一口口に運んだ。そして、丁寧に咀嚼し一言。 「ホントだ。美味しいよ、サヤちゃん」 「ありがとうございます」 ゆっくりとケーキを口に運びながら、ウォンは口許に常に浮かばせていた笑みを更に濃くする。 ケーキが美味しいのもその理由の一つだったが、何よりも、 (ケーキは美味しいし、ひっかきまわしてくれるし) というのがウォンを微笑ませている最たる理由だった。 リコとはまた違った清楚で可愛らしい彼女の参戦を、ウォンは心から歓迎しているようだった。 (これでもっと楽しくシャオくんで遊べそうだ♪) そんなことをウォンが考えているとは露知らず、シャオは黙々とケーキを食べている。己が雇ったサヤのケーキの味に満足しているのだろう。時折、「うんうん」と頷いたりしつつ。 そんなシャオに、ウォンが声をかけた。 「シャオくん。いいコマ 」 おっと、ついつい本音が。慌ててウォンは口を噤む。 しかし、それをシャオは聞き逃さなかった。 「コマ??」 しかししかし、ウォンもここで動揺したりはしない。すぐさま、ウォンは、人畜無害な微笑みマスクを被ってシャオのその疑問をすっぱり無視して言い直した。 「いいパティシエが入って良かったネ」 「・・・・・あ、ああ」 に っこり。と、これでもかと満面の笑みを浮かべたウォンに、シャオは盛大に眉を寄せる。 (・・・コマって何だ??) この時、その疑問を思う存分ぶつけていれば、これから彼に降りかかる災難は全て取り払うことが出来たのだろう。 千載一遇のチャンスを棒に振ってしまったことを、シャオはまだ知らなかった。 |