12 ☆ようこそパティシエさん



 今日も、cityに朝が訪れる。白く澄み切った朝の光を浴び、cityの白い建物が淡く儚い輝きを放っている。その光はまるで月光のようであることが、このSilvery cityという名のの由来となっている。
 やがて透明だった朝日はその強さを増し、力強くcityを照らし始める頃、Silvery city唯一のCafe EDENでは開店の時を目前に迫らせていた。一階の店内を掃除しているのはこの店EDENの若き経営者シャオ。そこに、残り二名の従業員かつ同居人の姿は見えない。シャオと兄弟であると言っても過言ではないレヴィはと言うと、やはり風邪を引いていたらしく、今日はとても店に立てるような状態ではないため、シャオがベッドに押し込んでおいた。では、もう一人、この店の看板娘とも言えるリコはと言うと、
はぁ」
 思い出してシャオは溜息をつく。
 リコも、レヴィと同じく2階にいた。一体何をしているのかというと、
「はぁ
 またまた思い出してシャオは先程よりも重量感のアップした溜息をついた。
 リコは、風邪を引いて寝込んでいるレヴィの看病をしているのだった。
「せめてお店が開くまでは側にいたいの!」
 ときっぱり宣言されてしまった。これはもう、
「好きなの!」
 とカミングアウトされてしまったのと同等のレベルのショックをシャオに与えていた。
「はぁ あ」
 これでもう今日何度目だろうか、溜息を洩らす。
 どうも店の中が暗いような気がして開け放ったドアから空を見てみるが、そこは快晴。店内が暗いように感じるのは、シャオ自身の気分がどん底であることにその原因があるようだった。
「いかんいかん」
 と自らに鞭打って店内に戻る。が、暗い気分が消えることはない。
 再度シャオが唇をうっすらと開き、そこから溜息を吐きださんとした、ちょうどその時だった。


 カランカランカラ ・・ン。


 扉が開き、そこに吊してあった鐘が店内に鳴り響く。
 客だろうかと視線を遣ると、そこには、昨日出会った少女の姿があった。
「お、おはようございます」
 遠慮がちな声と共に、店内へと入ってきたのは、今日からEDENで働いてもらうことになっていた少女、サヤだった。清楚な白い服を身に纏い、きちんと櫛でとかれたサラサラの黒髪は肩の辺りで切りそろえられている。うっすらと化粧を施してあるのか否か、そういった面には疎いシャオには分からなかったが、とても白い肌と薄紅色に染まった唇が彼女の清楚さを更に際立たせる。昨夜は暗がりでしか彼女を見ることが出来なかったシャオだが、こうして改めて日の下で対面したサヤという少女は、まるで日本人形のように美しい容姿をしていた。
 新しい職場に緊張しているのだろうか、不安げな表情をしているサヤに、シャオは微笑んで彼女を迎えた。と言っても、このレヴィやリコ以外の人間に接することを苦手としているシャオだったので、僅かに口許を緩めることしかできなかったけれど。
「おはよう。来てくれてありがとう」
 それでもサヤは安心したらしく、すぐにその面に笑みを浮かべた。
「おはようございます! よろしくお願いします」
 その笑みは彼女の容姿から漂う物静かな雰囲気に反して、驚くほどに明るいものだった。第一印象との違いに驚いたものの、不快ではない。むしろ好印象。そのことで、知らずシャオは先程よりもサヤに心を開いたのだろう。
「こちらこそ」
 そう言って浮かべた微笑みは、先程よりも柔らかなものだった。
「/////」
 それを見て、思わずサヤは頬を赤らめる。僅かに微笑んだシャオ。無表情である時はとても硬く気むずかしい印象だったのだが、途端にそれが柔らかな印象へと変わる。シャオが彼女に対して感じたのと同じように、サヤもシャオに対して良い印象を持ったようだった。
 だが、そんなサヤの心情の変化を察することが出来るほどシャオは敏感な青年ではない。すぐに笑みをおさめ、仕事の顔に戻って言った。
「君にはお菓子を作って欲しいと言ったんだが、実はまだ店に何を出すかは決めていないんだ。俺はあまりそっちの知識がなくてな。だから、今日は店の様子見ってことで、店の感じと客層と、あとメニューでも見てもらって、加えるスウィーツを考えて欲しいんだ」
 経営者シャオは、若い女性の客を多く獲得しているこのEDENに、彼女たちの好きそうなスウィーツを加えてはどうかと前々から考えていたのだが、いかんせん彼自身、お菓子作りの経験も知識もなかったのだ。そこでサヤを雇った。彼女には申し訳ないが、スウィーツのメニューのことは、彼女に一任するしかないとシャオは考えていた。しかし、そのことを彼女には伝えていなかったことを思い出し、シャオは付け加えていった。
「申し訳ないが、君に一任してしまいたいんだ」
「え!? 私がですか!?」
 驚いて目を瞠るサヤに、シャオは「すまない」と謝ってから言った。
「ここにはお菓子作りができるヤツが一人もいないんだ。先に言っておくべきだった
 再度詫びようとしたシャオの言葉を遮ったのは、サヤの喜々とした声だった。
「いえ、嬉しいんです。前の店では自分のオリジナルなんて出させてもらえなかったですし。私、頑張ります!」
 そう言って笑みを見せたサヤに、シャオも知らず笑みを返す。
「頼りにしてるよ」
「////// は、はい!」
 いつの間にかEDENの暗い雰囲気は消え失せていた。
 と、そこへ介入してきたのは店内を一瞬にして支配した高く、そしてバカデカイ声だった。
「あ ッ!」
 突然頭上から振ってきた大声にサヤが驚いて視線をそちらへと向けると、カウンターの奥にある階段からトコトコと駆け下りてくる少女の姿を見つけた。そして、それが先日自分が水をかけてしまったあの少女、リコだということにサヤはすぐに気が付き彼女自身も声を上げる。
「あ! リコちゃん!?」
「サヤちゃ ん!!」
 駆け寄ってきたリコがサヤの手を取り、ぶんぶんと振る。彼女なりに再会の喜びを表したかったようだ。だが、傍から見ていたシャオにはそんなリコの意図が分からず、いきなりサヤにぺたぺたと触っているリコを怪訝そうに見ていたのだが、サヤの方はリコが自分との再会を喜んでくれていることを察し、彼女に満面の笑みを返し言った。
「これから、よろしくね」
「うん。こちらこそ
 ひとしきりサヤに触って挨拶も済ませ再会の喜びを満喫したらしいリコの様子を確認してから、一つ咳払いの後、シャオがサヤに向き直る。
「リコはホール担当。あともう一人、レヴィってヤツがいるんだけど、生憎と今日は風邪でダウンしてるんだ。顔合わせはまたにしよう」
「はい」
「じゃあ、リコ。彼女に制服を出して、お前の部屋で着替えさせてあげてくれ」
「は い。サヤちゃん、こっちこっち」
「うん。ありがとう」
 リコがサヤの手を取って階段を駆け上がっていく、軽やかな二つの足取りと、それを彩る愛らしい少女たちの声。 今朝、シャオの口から吐き出された溜息に埋もれた店内からは想像も出来ないほど、 EDENに華やかさが充満している。
 自然とシャオの顔に、笑みが浮かんだ。







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