こんな話。
信じられるわけがない。だって、コレはファンタジーで、フィクション。虚飾。 本の中で繰り広げられる世界の物語。 生憎とそこまで乙女チックな妄想、あり得ない期待、そんなものは持っていない。そんな世界、漫画の中で見られればそれで満足だから。 そう、思っていた。 ―――扉がある。 それは、漠然と自分の中に昔からある感覚だった。 何かが足りない。何かを忘れている。 それは、きっと扉の向こうにある。扉を開けば、そこにあるはず。 それは、記憶。 何故かポッカリと穴を開けてしまっている、幼い頃の記憶。 扉の向こうで、待っている。呼んでいる。 ―――開けなくちゃ…。 今、その扉が目の前にある。 漆黒の闇の中、ポツンと佇む荘厳な扉。鍵は…ない。かかっていない。今なら、開けることが出来る。知ることが出来る。否、取り戻すことが出来るのだ。 手を伸ばす、押し開ける。 「―――ッ!!」 溢れ出る―――!!
「駄目だ」 唐突に、溢れる言葉が、流れゆく映像が、自分の周りから消えていく。 扉が、閉まる。 ―――待って! まだ、まだもう一つ扉がある・・!! 溢れ出す言葉達の向こうに、まだ、ある。厳重に鍵がかけられた扉。扉の中に、もう一つ、扉。あれを開けなくちゃ! あの中にも、大切な物があるはずだから。それは、予感と言うより、もはや確信。あの扉を開けなくてはいけない。 ―――開けたい…! けれど、扉が閉じた。 ―――まだ・・まだ・・!! 再び扉を押し開こうとした手を、遮るものがあった。 「駄目だ。今は未だ」 それは、言葉の洪水を消してしまった声。扉を、閉ざしてしまった声。 「どうして!? どうして邪魔するの!?」 それ以上の罵声は、喉の奥で萎えて消えた。目の前のその人の姿が、飛び込んできたから。 ―――綺麗な人・・・ 目の前にいる男の姿から、目が離せなくなってしまったから。 漆黒の髪に、瞳は紅。スラリと背の高いその身には、 銀糸の刺繍をあしらった豪奢な服を纏い、艶やかな黒髪は一つに結ばれ、背中に 流れている。整った鼻梁と引き結ばれた唇。柔和な印象を与えるその男は今、 目を細め、もの悲しげに見つめてくる。 誰かに似ている。そんなことを思った。 そして、 ―――私はこの人を知っている。 「……あ」 喉元まで辿り着いた言葉は、吐き出す前に消えてしまった。 気持ちが悪い。 私は、今、この人のことを呼ぼうとした。何て呼ぼうとしたのだろう。思い出しかけたのに、消えてしまった。 そんな彼女の様子に気付いたのだろう。目の前の男は、少し淋しそうに笑った。 ―――そんな顔するなら、邪魔しないで。 ―――ここを開ければ、貴方のことも思い出すのに…。 だが、男はそれを再び遮る。 そしてまた、同じ言葉を繰り返す。 「今は未だ、駄目だ。今は未だ―――・・」 ―――そしてまた、夢は真実をくれないまま、終わる――― |