幸せを運ぶ青い鳥。 ブルーは、何を運んできたんだろう。 そもそも、幸せって、どんな形をしてるんだ? ───オレには見えない。 でも、たくさん、ブルーは運んできた。 見えないけど、見えるもの。 一つ。 ブルーはオレに鍵を運んできた。 それは、箱の鍵。 オレの記憶を収めた箱の蓋を開ける鍵だ。 きっと、蓋が、開いたんだ。 だって、色んな事を思い出す。ブルーが来たあの日から。 オレが箱の底、深く深くに収めておいた記憶。 大切にしまい込みすぎて忘れてた記憶を、ブルーは運んできた。 − 海の匂い − 白い鳥とその名前 − ソレをオレに教えてくれた優しい声 − 青い鳥 − 幸せを運んでくる鳥の話 − ソレをオレに聞かせてくれた優しい声 − いつもオレの手を引いていた温かい手 − それから − それから − それから − 蘇るカコと、流れゆくイマとが───絡まる。 それは、見えるけど、見えないもの。 でも、はっきり見えるものだってある。 ブルーが運んでくるもの。 [ピィピィピィ] それは、朝。 ブルーのベッドは、何故かオレの頭。 オレの髪をいつも布団代わりにして寝てる。そんなに長くないけど、小さなブルーには十分布団になるらしい。 初めは、潰してしまうんじゃないかって心配だったけど、慣れた。 長さもクセもないオレの髪は、ブルーが暴れたくらいの事ではもつれたりもしなかったし。 そこは、ブルーのもう一つの指定席。 「んぁ? もう朝〜??」 目覚まし時計みたいに、きっちり朝8時にオレを起こす。 オレに朝を運んでくる。 昼。 相変わらず、ブルーの指定席は、 [ピィ] オレの肩。 いつだって、そこに居る。 最初は少しくすぐったかったけど、それも慣れた。 むしろ居ないと落ち着かない。 オレが朝飯を食べてると、ブルーはじっと、皿とオレの口許とを行き来するフォークを眺めている。 その様は、動くもの何にでも興味を持つ猫のようだった。 幸いにもブルーは、猫のようにフォークに飛びついたりはしなかったけれど。 ブルーは、時々、飛ぶ。 当たり前だ。 ブルーは鳥なんだから、飛ぶのは当たり前。 だけど、必ず戻ってくるんだ。オレの肩に。 ───何でだ? どうせ戻ってくるなら、何で飛び立つんだ? ドコか、行きたい場所があるのか? なら、どうしてそのドコかに向かわない? どうしてまた戻ってくるんだ? 戻ってきたのに、何でまた飛び立つんだ? ドコか、行きたい場所があるのか? なら、どうして・・? endless。 オレには分からない。 不思議で仕方ない。 「コイツは、何も考えちゃいない」 あ。 The end。 アズマの言葉に、オレは思い出す。 ・・・そうだ。コイツは、ロボットだったんだった。 つい忘れる。 ロボット特有の、温もりのない身体だって、こうしていつも寄り添っていれば、体温が移る。あったかく感じるんだ。 だから、忘れる。 「ペットロボットなんだからな」 ああ。 そうだな。 簡単なことだ。 鳥は空を飛ぶから、ブルーも飛ぶ。 ペットは主人に忠実であることを望まれるから、ブルーも戻ってくる。 きっと、ただそれだけなんだ。 それだけ。 ───何だ? なんか・・ちょっと・・ちょっとだけ、淋しいような気がするんだ。 「最期まで・・・」 最期。いつか来る時。 ブルーがオレの肩でさえずるのも、永遠じゃない。 ブルーが鳴き始めてから、今日で6日。 正直、ここまでブルーが保つとは思わなかった。 オーディーは、3日くらいでブルーは動かなくなるだろうと言っていた。 ブルーの餌がないから。 ブルーも餌を食べる。いや。飲む、らしい。 身体を動かす為の燃料を、嘴から飲むらしい。燃料を補充し、動き続ける。 でも、その燃料がない。 Fall cityは勿論、きっと首都都市にもない。 戦後僅か8年。首都都市の人たちだってまだ、ペットを飼うほど裕福ではないから。 この世界に、ブルーの空腹を満たしてやれるものはない。 だんだん燃料が消費され、いずれ動かなくなるのだと、オーディーが言っていた。 「・・・最期まで、ココにいるのかな、コイツ」 ポトリと、この肩から落ちるその日まで、ブルーはこの指定席に居続けるのだろうか。 「居たけりゃ居るさ」 「そうか」 「そうだ。ほら見ろ。帰ってきたぞ」 また、空から戻ってくる。 [ピィ] 「なぁ、ブルー。お前、ホントはドコに居たいんだ?」 [ピィピィ] 「ぴーぴーじゃ分かんないぞ」 [ピィ] 「分かんないって」 いつだろう。 段々、怖くなってきた。いつか訪れるブルーの最期。 いつだろう。 ───怖い。 「・・いいのか?」 ココで・・・このオレの肩だなんて、こんな小さな場所で死んでいっても、お前はいいのか? ───違う。ブルーに訊ねるんじゃなくて。 オレに、だろ。 なあ、オレ。 お前、コイツをココで、死なせていいのか? 「ユキムラ。コイツは・・・・ロボットだ」 遠慮がちなアズマの声に、思い出す。 「・・そうだったな〜」 ああ。また、だ。 また、忘れてた。コイツがロボットなんだって事。 だって、あったかいんだ。 コイツ、あったかいんだ。 オレを温めてもくれる。 ────忘れるに決まってるじゃないか。 「・・・でもコイツ、自由になりたいんじゃないのか?」 「何でだ?」 「いつも、空に向かって飛ぶじゃないか。 あ」 [ピィ] ほら。また、空に向かっていく。 「───だって、空は、自由だ」 でも、その青の中に姿を消すことなく、戻ってくるブルー。 また、オレの肩に。 そんな狭い所じゃあ、お前にとって“自由”にはなり得ないんじゃないのか? 「空が自由だなんて、誰が決めた?」 ・・・・。 「誰って、誰でもないけど・・・・でも、空は広いじゃないか」 「広い = 自由にはならない」 アズマはきっぱりと言い切った。 「確かにコイツは、空を飛べる。でも、どんなに広くても、広いだけじゃあ自由とは言えない。休む場所がなけりゃ・・・・飛び続けなくちゃならないなら、空は地獄だ。自由なんてない。 そうだろう?」 時々アズマは難しいことを言う。オレの理解出来ないことを。 でも、そんな時は大抵、コイツの方が正しい。 オレはコイツを追い越して20歳になりたかったけど、やっぱり無理だった。 もしかしたら、コイツと同じ17歳でも、分不相応なのかもしれない。 「たとえプログラミングされてる事だとしても、ブルーにとっての自由は、お前の傍にいる事なんじゃないのか? 時々空を飛んで、降りたって羽を休める場所は、お前以外にないんじゃないのか? いいじゃないか、ソレで。コイツは、お前のココに戻ってきたいから戻ってくるんだ」 アズマの拳でつつかれた肩に、すぐさまブルーが戻ってきた。 アズマの指を嘴でつつき、鋭い声で鳴く。 [ピィ!] 威嚇。 「悪い悪い。お前の指定席を取ったりしねーよ」 自分の場所を、守ろうとしたみたいだった。 ブルーは、オレの肩に居たいから戻ってくる。なくしたくない場所だから、守る。 胸の中にあったモヤモヤが、晴れたような気がした。 [ピィー] 再びオレの肩から飛び立っていったブルーを追って、天を仰げば、 「見事に晴れてるな」 いつの間にか、雲が消えていた。 背景に雲の白がない空では、ブルーの姿は簡単に青の中に紛れてしまう。 ブルーの姿が、一瞬空の青に混じって・・・・・あ。見失う。 アズマも同じだったらしい。 「分かんなくなっちまったな〜」 「だな。 ・・・それにしても、高く飛んだな、ブルー」 ドコまで高く飛べるのか。それを試しているんだろうか。 それとも───。 「・・・ブルー!!」 オレは、ブルーを呼んでいた。 空高く舞い上がったブルーに、オレの声なんて届くわけもないと知りながら、呼んだ。 『見つけたら、名前を呼んでみるの』 急に、不安になったから。 「ブルー!」 それ以上昇っていってしまったら、戻れなくなる。 『もしかしたら、降りてきてくれるかもしれないわよ』 何となく、そう思ったから。 「ブルー!!」 オレの声が聞こえたのか、ブルーがクルリと空に背を向ける。 黄色い嘴が見えて、ようやくオレはブルーの姿を捉える。 居た。 安堵。 アイツは、本当に高いところまで昇っていた。 そして、オレに答えるかのように、鳴いた。 『どんなに綺麗な声で鳴くのかしら』 いつもは少し煩いけど、 [ピィィィ───────────────ィィ] 天を切り裂く、澄んだ鳴き声は、 『きっと、とても綺麗な声で歌うのよ』 ああ。本当だ。 「・・綺麗な声・・」 綺麗、だったよ。 幸せを運んでくる青い鳥の鳴き声。 ブルーは、青い青い空から、何をオレに持って返ってきてくれるんだろう。 「雲が出てきたな」 アズマの言葉に、視線を漂わせると、白い雲が風に流されていた。 「・・早いな〜」 そんなに急がなくてもいいのに。 もっとゆっくり、雲を流せばいいのに。 今日の風は、せっかちだ。 流される雲を追っていると、不意に飛び込む鮮やかな青。 白。青。 鮮やか過ぎる、コントラスト。 ───そんなブルーの姿が、瞳に焼き付いて、離れない。 「お帰り。ブルー」 また、戻ってきた。指定席。 「あッ。おい」 珍しく指定席に座り損ねたのか、ブルーが肩から滑り落ちる。 鳥のくせに、マヌケ。 笑いながら、両手で掬い止めてやる。 けど、 「え?」 掬いきれず、落とす。 ・・・・・アレ? 何か変だ。 「ユキムラ?」 「───・・最期だったらしい」 「・・・・そうか」 来た。 オレが恐れてた“いつか”が、来た。 それはあまりにも唐突で。 「・・・こんなの・・・どうしよう。・・オレ、どう反応すればいいんだ」 ビックリする間もない。 悲しいなんて思う間もない。 涙を零す間もない。 今は、ただ、いやに煩い心臓の音を聞きながら、立ち尽くす。 ・・・・ドクン・・・・ドクン・・・・ 煩い。 ドクン・・・ドクン・・・ドクン・・・ドクン 胸を叩く鼓動が、大きすぎる。 これじゃあ、苦しいって。おさまれ。 ドクン・・ドクン・・ドクン・・ドクン・・ドクン・・ドクン おさまれよ! ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ドクン・ド おさまれってば!! ンドクンドクンドクンドクンドクンドクンド 「・・・・最期に高く飛んだな〜、ブルーのヤツ」 遠い、アズマの声。 ブルーが目指した空を見上げているせいか、少し遠い声が降ってくる。 オレは・・・仰げない。 地面に転がっているブルーを、そっと掌に掬い上げて、見つめる。 最期の最期で、いつもより高く天を目指したブルー。 何でだ? 何で、そんなに頑張ったんだ? 空に、何かあったのか? それとも────。 「何でだろうな。何であんなに高く・・・」 それとも、オレから、解放されたかったのか? 「・・どれだけ高く飛べるか、知りたかっただけなんじゃないのか?」 「・・・・」 それだけだと、アズマは言う。 そうなんだろうかと、オレは黙る。 「・・だって、帰ってきたじゃないか。どんなに高くまで行ったって、結局帰ってきたのはお前のココだ」 小突かれた肩に、ブルーは居ない。 ここは自分の席だと、アズマの指を攻撃していた、あの小さな嘴はない。 空席。 「だって、それは・・・オレが呼んだから」 「あんな距離で、聞こえるワケないだろ」 「でも、コイツはロボットだ」 ・・・・何で。 こういう時だけは、忘れないんだ。アイツがロボットだって事。 忘れてしまえばいいのに。 違う。 忘れたら、辛いんだ。 違う、違う。 忘れなくたって、辛い。 「違うだろ、ユキムラ」 「・・・何が?」 「コイツはロボットじゃない。ブルーだろ? お前が名付けたんだ。忘れるなよ。コイツはブルーだ」 ・・・やっぱり、アズマの言うことは、よく分からない。 いつもは、ブルーはペットロボットだってオレに言うくせに、今はブルーはブルーだって言ってる。 分かるようで、分からない。 分からなかったけど、何故だろう。 あ。 また、絡まる記憶。 絡まって、絡まって、絡まって───空回る。 『だから、いつも空を見上げていてごらんなさい』
何故か、空を見上げる気になった。 「また、雲が・・・」 最期にブルーが高く舞い上がった空を。 『もしかしたら青い鳥が飛んでいるかもしれないわ』 何を…期待しているんだろう? 「ああ。消えたな。いつの間にか」 そこは、青一色。 『青空に、青い鳥を探すのは大変かもしれないけれどね』 せっかちな風は、また、白い雲を攫っていってしまったらしい。 ブルーが飛び立ったときと同じ。 そこは、青一色。 ブルーの色。 青い、鳥。 「・・・青い鳥は幸せを運んでくるって言ったよな?」 あの人が言ったように。 『どんな幸せを運んできてくれるのかしら』 どんなだろう? 「言ったな。幸せ、運んできてくれたか?」 それは、きっと、 『きっと、とても素晴らしい幸せよ』 きっと、素晴らしい。 「・・・・ああ。運んできてくれたよ」 きっと、たくさん。
たくさん、運んできてくれたんだと、思う。 それは形のないものが多くて、オレには上手く表現出来ないけど、確かに残ったモノがある。 だって、あったかいんだ。 ココが。 「ココ」 「・・心臓が、どうかしたのか?」 「何でもない。だた・・・」 ───ただ、あったかいんだ。 ブルーの温もりが残ってる。 ただのロボットだった。と、言い切ることは出来ない。 こんなにオレを温めてくれたんだ。ロボットなわけがない。 ・・・あ。こういう事か? ブルーは、ブルーだ。って、こういう事?? 確かにアイツは生きていた。 オレの肩で。 オレの傍で。 オレと一緒に。 ブルーが、何故、空高く舞い上がったのかは分からないけど。 「・・まァ、いっか」 そう。 いいじゃないか。 だってブルーは、戻ってきたんだから、何だっていいじゃないか。 肩を離れたブルーが空を目指す。 その、ほんの僅かの別れと、いつも通りの再会は、少しもの悲しい空の下で。 けれど、胸を温める熱は、増す。 幸せを運ぶ、青い鳥。 運んできたのは、幸せだけじゃなかったな。 ───ありがとう。 オレは、幸せだった。 お前が居てくれて、幸せだった。 大丈夫。 お前が居なくなっても、きっと幸せだ。 だって、胸があったかいんだ。 お前が灯してくれた温もりは、きっと消えないから。 きっとずっと、あったかいんだ。 幸せを運ぶ“青い鳥”。 オレの心を温めくれる存在。“青い鳥”。 また、オレの元に舞い降りてくることがあるんだろうか。 「当たり前だ」 「アズマさんの言うとおりですよ、ボス」 答える声がある。 見回すと、いつの間にか傍にある。 いつも傍にある。 笑顔。 たくさんの“青い鳥”。 いつだってオレの周りには“青い鳥”が居たんだな。 ───そしてオレも、きっと、誰かの“青い鳥”。 ・・・だったら、いいな。 そう思う。 心から。 「今度は、いつ飛んでくるんだろうな」 「さあ。いつでしょうね」 「案外、すぐすぐかもしれないぞ」 早く、来い。 『いつか、あなたにもやって来るといいわね』 次に、“青い鳥”がオレの元に降りてくるのはいつ? 「・・・そうだな」 そいつは、どんな名前の“鳥”だろう。 『幸せの、青い鳥』 ・・また、オレに名前を付けさせてくれないかな? 「早く来るといいな〜」 どんな名前を付けようか。 また安直な名前を付けると、コイツらに文句を言われるだろうからな。 今から、考えて待っていよう。 時間は、たっぷりあるんだから。 青い鳥が、再び鳴くまで。 “青い鳥”が。 鳥が鳴くまで───・・ 。 |