ずっとずっと、不思議に思っていたことがある。 猫は、飼い主に、死に際を見せない。 ・・・何故?
  自分を可愛がってくれた主人に己の死を晒し、悲しませなくないと、   猫なりの優しさなのだろうか。
それとも、
最期の時くらい、主人から解放されたい、と。 最期の時くらい、人間に縛られず、自分一人で逝きたいと願うのだろうか。
それとも、 理由なんて、何もナイ。 ただただ、本能がそうさせているだけなのだろうか。 俺には分からない。 ・・俺だったら、どうだ? ・・・・・ ・・・・・ ああ。 考えたって分からない。 だって俺は………飼い猫じゃない。
…捨て猫なんだから… だから、分からない。 飼い猫の気持ちは、俺には分からない。
ぽつ・・・・・・ぽつ・・・・・ぽつ・・・・ぽつ・・・ぽつ・・・ぽつ・・・・ぽつ・・・・・ぽつ・・・・・・ぽつ
ぽつ   ぽつ                                  ぽつ   ぽつ ああ。雨だ。 ぽつ   ザ・・                                  ・・ザ   ぽつ ・・・あの日も、雨が降っていた・・・ ザー…  ザー                                   ザー  ザー…
ザー・・・・・・ザー・・・・・ザー・・・・ザー・・・ザー・・・ザー・・・・ザー・・・・・ザー・・・・・・ザー
・・そうだ。 あの雨の日、俺が拾った子猫も、そうだった。 ザー 言うことをきかない体を引きずって、 …何とか俺の目に付かない場所まで行こうとしたんだろう。 ザーザー 家の裏で、死んでいた。 ザーザーザー その理由を、俺は知らない。 ザーザーザーザー 知らない。 ザーザーザーザーザー
  家の裏、そこに佇む木の根本に、そいつはいた。   少し薄汚れた、子猫。   独りぼっちの子猫。   俺と同じ。
少しでも ヌクモリ に触れたら……優しくされたら…… その優しさが忘れられなくて、もっと悲しくなるかもしれない。
  
そんな言葉を、誰かが言っていた。   まったくもってその通りだ。   ……俺が、そうだった。
  
だから、抱き上げた。   傍にあった ヌクモリ が消える。   その恐怖を…残酷さを、俺は知っている。     だから、抱き上げた。   俺はコイツを、決して手放すものかと…。 抱き上げた腕にかかった重みは、とても温かかった。
ザー・・・・・・ザー・・・・・ザー・・・・ザー・・・ザー・・・ザー・・・・ザー・・・・・ザー・・・・・・ザー
ザー…  ザー                                   ザー  ザー… ああ。雨だ。 ぽつ   ぽつ                                   ぽつ   ぽつ ・・・もうすぐ、上がる・・・ ぽつ   ぽつ                                   ぽつ   ぽつ
ぽつ・・・・・・ぽつ・・・・・ぽつ・・・・ぽつ・・・ぽつ・・・ぽつ・・・・ぽつ・・・・・ぽつ・・・・・・ぽつ
何もない殺風景な部屋。 そこに、一つの ヌクモリ が灯る。 それは、とても小さいけれど、 冷えきった俺の体を温めるには、十分だった。
ああ。
雨に濡れていた、この小さな ヌクモリ が可哀想だったんじゃない。 ただ、 ヌクモリ を忘れたこの体を、温めて欲しかっただけなのかもしれない。
にゃー。  お腹がすいたのか? じゃあ、昼飯にしようか。 にゃー。  寒いのか? おいで。抱き締めてあげような。 にゃー。  外に行きたいのか? じゃあ、一緒に散歩に行こうか。    にゃー。  眠たくなったのか? じゃあ、お休み。    にゃー。 にゃー。 にゃー。
ザーザーザーザー      冷たい雨の日、アイツが、消えた。      ザーザーザーザー
・・・。  お腹、すかないか? 昼飯の時間だぞ。 ・・・。  寒くないか? おいで。抱き締めてあげるから。 ・・・。  外に行ったのか? じゃあ、俺も散歩に行こう。 ・・・。  眠たくなっただろう? なのに、どうして、帰って来ない? ・・・。 ・・・。 ・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ザー 子猫が死んだ。 あの雨の日、俺達が初めて出会った場所で。 ザーザー 冷たく凍えた小さな体。 その冷たさは、お前が俺に灯しかけてくれた ヌクモリ を、 奪い去ってしまった。 ザーザーザー いいさ。 奪えばいい。 ザーザーザーザー 俺はまたお前に ヌクモリ を貰えばいいんだから。 …だから、早く、いつもみたいに鳴いて。 ザーザーザーザーザー 俺を温めて……… …もう一度…あの小さな ヌクモリ で… ザーザーザーザーザー 寒い。 ザーザーザーザーザー
  ………雨の中、どんなに抱きしめていても、子猫は温かくならなかった。   俺の中に残した ヌクモリ を、奪い去ることもしなかった。
ほら。なんて、残酷なんだろう。 せめて、何もかも残さず、持って逝ってくれれば良かったのに… ザー ザー                   ザー ザー …俺はまた、独りぼっちになった… ザー ザ…                   …ザ ザー
ザー・・・・・・ザー・・・・・ザー・・・・ザー・・・ザー・・・ザー・・・・ザー・・・・・ザー・・・・・・ザー
ザー   ザ・・                                  ・・ザ   ザー ああ。雨が。 ぽつ   ぽつり                                  ぽつり   ぽつ ・・・雨が、やんだ・・・ ・・・  ・・・                                   ・・・   ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  家の裏、そこに佇む木の根本に、アイツはいた。   あの子猫と…俺と同じ目をした子供。   あいつは、あの子猫のように、俺に懐いた。   そして、俺に、 ヌクモリ をくれた。
ねぇ。  お腹がすいたのか? じゃあ、昼飯にしようか。 ねぇ。  寒いのか? おいで。抱き締めてあげような。 ねぇ。  外に行きたいのか? じゃあ、一緒に散歩に行こうか。 ねぇ。  眠たくなったのか? じゃあ、お休み。 ねぇ。 ねぇ。 ねぇ。
ザーザーザーザー      冷たい雨の日。アイツも、消えた。      ザーザーザーザー
     ・・・。  お腹、すかないか? 昼飯の時間だぞ。      ・・・。  寒くないか? おいで。抱き締めてあげるから。      ・・・。  外に行ったのか? じゃあ、俺も散歩に行こう。      ・・・。  眠たくなっただろう? なのに、どうして、帰って来ない?      ・・・。 ・・・。 ・・・。
ザー ……本当に、子猫みたいなヤツだった。 アイツも、あの子猫と同じ場所で、死んでいた。 ザーザー ホントに、最期の最期まで、猫みたいなヤツ。 ザーザーザー 何故、一人きりで死んで逝こうとするんだ。 こんな冷たい雨の中、一人きりで死んで逝くくらいなら… ザーザーザーザー …俺の傍で、死ねば良かったのに…。 ザーザーザーザーザー 寒い。 ザーザーザーザーザー ………雨の中、どんなに抱きしめていても、温かくはならない。 俺の中に残した ヌクモリ を、奪い去ることもしない。 それは、もう、知っている。 でも、それでも抱きしめてしまうのは…… 愛しているから。
ザー ザー                   ザー ザー …俺はまた、独りぼっちになった… ザー ザ…                   …ザ ザー
ザー・・・・・・ザー・・・・・ザー・・・・ザー・・・ザー・・・ザー・・・・ザー・・・・・ザー・・・・・・ザー
ザー   ザー                                  ザー   ザー ああ、雨だ……… ザー   ザー                                  ザー   ザー ………雨が降ってる。 ザー ザー ザー                                   ザー ザー ザー
ザー・・・・・・ザー・・・・・ザー・・・・ザー・・・ザー・・・ザー・・・・ザー・・・・・ザー・・・・・・ザー
体は冷たく冷え切っているけれど、 アイツらが灯してくれた ヌクモリ はまだ、 俺の中に残っている。
温かい。 ………でも、やっぱり残酷だ。
  新たな ヌクモリ が現れるまで、   俺は、この小さな ヌクモリたち を消さぬよう、   大事に抱え込んでおかなくちゃいけない。
そうしないと俺はきっと寒くて、凍えてしまう。
なんて残酷な…優しさ。 なんて残酷な…ヌクモリ。 なんて…優しい…ヌクモリ…
  …俺は、泣いていた。   小さな、凍えた体を抱く俺自身も、凍えかけているのに、
………涙は、温かい。
それはまるで、俺の中に残った ヌクモリ が、溶け出していくようで…
  
俺は、どうしていいのか分からなかった。
  アイツらのくれた優しい ヌクモリ を無くさぬよう、                    涙を止めるべきなのか。   アイツらのくれた残酷な ヌクモリ を忘れるよう、                    涙を流し続けるべきなのか。
雨の滴が、涙を拭ってくれた。 泣くな、と。 それは、俺に、 ヌクモリ を忘れるなと、そう言っているのか。
  ……俺は、泣くのをやめた。   涙のかわりに、冷たい雨の滴が、頬を伝っていく。
・・次から次へと・・ ・・次から・・次へと・・
・・ぽつり   ぽつり                             ぽつり   ぽつり… ああ。雨が。 ぽつり   ぽつり                               ぽつり   ぽつり ・・・雨が・・・ ぽつり   ぽつ                               ぽつ   ぽつり




→あとがき